「この天才が、なぜ皆に知られていないのか」

「あの時代に、こんなオブジェを生み出していた人がいたのか」

「國吉清尚の器で泡盛を飲んで以来、すっかり虜になってしまった」

「この人は、歴史に刻まれるべき芸術家だ」

そう語る人々の想いがひとつになり【陶芸家・國吉清尚】の写真集を刊行するプロジェクトが始動。
國吉清尚の作品を大切に守り続けてきた家族や親友、コレクター、美術館、博物館を訪ね、沖縄県内はもとより東北に至るまで、全50か所に及ぶ撮影の旅が始まりました。

プロジェクト概要

本プロジェクトは、没後27年を迎えようとする現在もなお、その存在感をいっそう深めている陶芸家・國吉清尚の造形世界を、写真家・垂⾒健吾のレンズを通して改めて⾒つめ直し、次世代へと継承することを⽬的とする作品集の刊⾏です。

近年も展覧会が開かれ、若い世代の陶芸家や収集家のあいだでも関⼼が広がり、その造形は沖縄という⼟地に根差しながら、時代を超えて響く⼒を持ち続けています。

約400ページ以上に及ぶ構成の中で、代表作から未発表作品までを収録。
作品の質感や量感、⼟に宿る気配までも伝え、単なる記録ではなく、写真と造形が響き合う⼀冊となることを⽬指します。

本書は⽇本語を主体としつつ⼀部に英語表記を併記し、より広い読者へと開かれた構成。

完成後は国内の美術館及び、高等学校や大学などの陶芸教育機関への寄贈も予定

國吉清尚の造形を、沖縄という⼟地の記憶とともに、未来へ⼿渡す為の⼀冊です。
沖縄陶芸界に革命を起こした孤高の天才・國吉清尚

1943年9月28日 沖縄県首里城南殿生まれ

1963年 陶工として壺屋で修行

1966年 壺屋窯で学んだ経験のある益子焼人間国宝の濱田庄司と出会い栃木県益子にて修行

1968年 沖縄に戻り、読谷に自らの工房を開く
現在「やちむんの里」として知られる読谷の礎を築いた最初の陶芸家

1999年5月10日 55歳で逝去

沖縄の伝統に学びながら独自の作風を築き上げ、特にオブジェの制作では沖縄の陶芸界で先駆け的存在

國吉清尚の魅力

國吉が沖縄に帰ることを決めた際、人間国宝の濱田庄司は國吉の弟、清雲にお兄さんは若手では益子で一番有望、沖縄に戻らないで益子に居るようにさせなさい」と述べている。

1972年後の人間国宝 金城次郎が読谷村に移転した際「あんたがいるからここにするさー(あなたが居たから僕らも読谷に来ることができた)」と國吉に謝意を述べている。

1973年、古美術研究家・秦秀雄(井伏鱒二の小説「珍品堂主人」のモデル)が鹿児島の料理店で偶然目にした國吉の丸紋土瓶に惚れ込み、清尚の窯を訪ねる 作品の完成度から「國吉は沖縄の手練れの伝統工芸家と思い込んでいたが、若い青年であった事に大変驚いた」と述べている。

國吉がオブジェを作り始め、益子の人間国宝 濱田庄司は「最近國吉が沖縄でオブジェを作っていると聞き少しびっくりした。作品を写真で見ただけだが、國吉の仕事だからきっと心の行き届いた温か味のあるものであろうと期待している」と述べている。

作品紹介

Products

制作委員

Production Team
垂見 健吾
プロジェクト総監督・撮影
(垂見健吾写真事務所 代表)

1948年長野県生まれ、現在、沖縄県那覇市在住。
桑沢デザイン研究所で学び、写真家・山田脩二氏に師事。文藝春秋写真部を経てフリーランスとなる。
JTA機内誌「Coralway」の写真撮影を通して沖縄の島々を歩き、日本、世界各地の撮影を続けている。

<主な著書>
『琉球人の肖像』
『めくってもめくってもオキナワ』
『沖縄の世界遺産』高良倉吉
『昭和史の家』半藤一利
『未来圏からの風』池澤夏樹
『神々の食』池澤夏樹
『風のかなたのひみつ島』椎名誠
『琉球布紀行』澤地久枝

溝上 宏
プロジェクト推進監督
(株式会社NKB 執行役員)
山里 泰彦
アートディレクター・デザイナー
(株式会社ブレーン沖縄 取締役 CCO)
名木野 智子
制作統括・編集・撮影
(垂見健吾写真事務所MGR・カメラマン)
國吉 葉子
特別監修
(清尚氏の妹 pictures door 代表)
秋友 一司
作品鑑定
(Gallery rougheryet 代表)
協力

國吉 佐知子 / 國吉イチ / 國吉 安子 / 國吉 真由美 / 國吉 清雲 / 辺銀 暁峰 / 比嘉 正詔 / 瀬名波 重政

応援メッセージ

Support Messages
宮本 亞門
演出家

求道者 國吉清尚
私は、國吉清尚氏ほど本気で作品に没入した人を知らない。
繊細でユーモアのある方だったが、その作品は人間の内面や、内臓を抉り出すかのような凄みと覚悟に満ちていた。
私が監督した映画を気に入ってくれ、「好きなものを持っていってくれ」と、家の内外にある作品を差し出した。
そして半年後、清尚さんは自らをも作品とし、焼き、短い生涯を終えた。
あれからだ。私が沖縄に深く没入するようになったのは。
私は一生忘れない、常に真理を追い求め、一点一点に壮絶な高みを求め続けた、求道者が沖縄にいたことを。

土井 善晴
料理研究家

國吉清尚
國吉は飛び抜けた純粋である。純粋とは自然である。自然に守られ、私たちは安心する。
家庭料理は自然行為である。幼きとき母を見て手料理を食べて私たちは安全基地に居た。
彼は安心を熱望して沖縄の強い自然に戻った。おかげで私の手元には國吉という安心がある。

狩俣 倫太郎
RBC 琉球放送 アナウンサー

遠い昔、私は國吉さんと同じ場所にいたことがあります。
けれど、その時、言葉を交わすことはありませんでした。
しかし、不思議なことに、後になってその方の「作品」と出会うことができました。
初めて手にした作品は、まるで語りかけてくるように、強く心に響いてきました。
器に宿る温度や息づかいに触れた瞬間、私は一気に心を奪われました。
気づけば、どんな説明よりも先に、その魅力に引き込まれていたのです。
沖縄に、これほどまでに深く、美しいものを生み出す陶芸家がいる。
その事実に、驚きと同時に、大きな感動を覚えました。
ただ美しいだけではない、そこには確かな力と、本物だけが持つ存在感がありました。
あの時、同じ空間にいながらも遠く感じていた存在が、今、作品を通して、少しずつ近づいてくるような気がしています。
言葉を交わしたことはなくても、作品を通して、その國吉さんを知ることができる。
そんな出会いがあるのだと、教えてもらいました。
作品には、その人のすべてが宿る。
そう思わせてくれる、かけがえのない出会いでした。

狩俣 倫太郎
肩書を簡単に掲載します

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